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分割前に処分されてしまった場合の遺産の範囲のこと

こんにちは、前回は、民法第909条の2のことを見てきました。ご覧になっていない方は、前回の記事をご覧ください。

さて今回は、もしも分割前に、その遺産の全部または一部について、処分されてしまった場合、その遺産の範囲をどう扱うのかについて、記したいと思います。このこと実は、民法にあります。

では早速みてみましょう。民法第906条の2 です。e-Gov から引用します。

(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)
第九百六条の二 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。

https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089#Mp-Pa_5-Ch_3-Se_3-At_906_2

です。条文を細かくみる前に、そもそも..

分割前に、遺産が処分されてしまうことがあるの?

はい。事案によってですが、あり得ます。特に預貯金債権については、もしかしたら行われていることがあります。

典型的に、葬儀費用ですが、講学上では、もはや被相続人(というよりも死亡により私権を失っているので表現がややおかしいのですが判りやすくイメージを持たせるために記ました)が直接負担するものではなく、遺族(相続人)が原則負担することと解されています。一方、地域社会や国家もしくは所属されてた会社組織等に対し尽力された方に向けて追悼の意を表すため、それらの団体が自ら負担して葬儀を行うこともないわけではありませんが、世俗的には、主催する方は大方、相続人でしょうから、相続人が負担すると考えられていますし、もしも相談を受けた場合、法律専門職であれば、一義的には、相続人や葬儀を行う方がご負担頂き、後に相続人間や主催者間で調整してくださいと、ご案内していたのも事実です。

葬儀費用の財源はどこから?

では、実社会に目を向けてみると、当事務所界隈を見渡してみると、葬儀費用の話が出てきた場合のほぼ全てが、被相続人の預貯金債権から、(いわゆる勝手払いによって)引き出して支弁していたようです。後の遺産分割協議と同時に、事実上、この葬儀費用の負担のあり方も調整を経て、葬儀費用の負担のあり方を協議書に明文化するのか否かはともかく、遺産を分割する事象にもよく遭遇しました。

良いのか悪いのか?と聞かれたら…

いわゆる「勝手払い」が良いのか悪いのかと聞かれたら、良い訳がありません。ここまで記してきた流れから、あくまで被相続人の葬儀費用に支弁するためと記してきましたが、払い出しを請求した共同相続人自身の生計費や遊興費(ゆうきょうひ)を賄うために、もしかしたら引き出したことも考えられるわけです。また遺産の分割の方針が定まっていないにも関わらず、遺産を動かしてしまうことは、遺産の散逸の危険性が増すため、消極的に考えられています。

社会の現状実情を鑑みて

杓子定規に考えると実社会上葬儀費用の負担や支弁はもとより、被相続人について死亡診断した医療機関に対する医療費の支払い等もどうするのだろうと、実社会上、いろいろ困ったことが起きます。少額ならば、共同相続人の一部が立て替えてということにもなろうかと思いますが、交流が疎遠な他の共同相続人ほど、差し迫った債務の支払いはしない(というよりもわからないと言った方が正しいのかもしれません)にも関わらず、相続開始日(死亡日)以後、預貯金債権の一部が払い出されている事実を知ったとき、この引き出された金員はどこ言ったのか?と疑念を抱かれてしまうこともあったようです。

勝手払いより良い方法があります

本題の確認に入る前に、一応前回の記事のおさらいにもなるかもしれませんが、今日の社会では、預貯金債権は遺産の分割の対象となっていて、当然に法定相続分に基づいて預貯金債権を引き出すことができなくなりましたが、現行民法第909条の2に基づいて、遺産の分割を得ずとも、ある程度は引き出しを金融機関に請求することができるようになりました。詳細は、以下のリンク先にある先日の記事をご覧ください。

さて、本題に戻し、「分割前に処分されてしまった場合の遺産の範囲」ですが、実は、家庭裁判所の実務では、分割の対象となる遺産の範囲は、相続開始時に存在し且つ分割時にも存在する遺産に限られました。もっとも相続回復請求や不当利得、不法行為に基づいて返還請求や損害賠償請求に基づいて、回復させることは考えられなくもないのですが、手続きが迂遠になります。処分した人物が他の共同相続人であったとしても、別訴で申し立てなければなりませんし、その紛争が解決するまで、遺産の分割にかかる争訟の手続きを停止するのか、併行して進めるのか、そのときの裁判官の判断(訴訟指揮権)によって進行をどうするのか決まるでしょうし、全てを解決するまでに、さらに時間がかかるため、先に記したように、「分割の対象となる遺産の範囲は、相続開始時に存在し且つ分割時にも存在する遺産に限る」取り扱いをしていました。

改正によりどう変わった?

先の家庭裁判所の実務の問題は、結局勝手払いをした共同相続人が、他の共同相続人よりも得をすることがありえます。そこで、今回の改正で、他の共同相続人の全員(処分した共同相続人を除く)の同意があれば、「分割前に処分されてしまった場合の遺産の範囲」について「当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。」としました。もうすこし噛み砕いて表現すると、一部の共同相続人が処分してしまった遺産について、その他の共同相続人の全員が、処分されてしまった遺産であると主張した共同相続人の主張に同意したならば、当該処分されてしまった遺産も分割対象の遺産に含め、処分した他の共同相続人はすでに遺産を処分したことにより利得を享受しているのだから、遺産の分割により収受できる具体的相続分を本来あるべき形に調える効果があります。

同意しない事象はあり得る?

では、その余の共同相続人が、当該主張に対し、「同意しない」という事象は、あり得るのでしょうか。
はい、あり得ます。それは、処分した行為が相続人全員のためだった場合(例えば葬儀費用の支弁)、遺産の保存(建物の保存に該当する修繕等)のためだったと認められる場合は、同意はしない等です。この場合は、もはや「当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができず」分割する遺産からは、除外される(というよりもすでに分割によって処分された遺産)として取り扱うこととなるのです。

第2項のこと

次に、念のため、第二項のことも見ておきましょう。本文が長くなったので、第二項だけ再掲します。

2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。

https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089#Mp-Pa_5-Ch_3-Se_3-At_906_2

とあります。この規定は、処分を下した共同相続人についてまで、同意を得る必要はない規定です。考えてみれば、共同相続人間の不公平の解消を目的としているのに、処分をくだした共同相続人についてまで、同意を得ることとなると、本規定そのものが事実上死文化してしまうため、主旨を貫徹するために、第二項の存在意義があるように思われます。

結語

今回は、民法第906条の2 について見てきました。分割前に処分されてしまった場合の遺産の範囲のこと、このことと特別受益に基づくいわゆる持戻し計算のことと、遺贈によって流れてしまった財産や生前贈与されたことにより遺産に該当しない財産についてまでも、いろいろ気がついたり、疑問符が浮かんできそうですが、実のところ、持戻しで計算はするも、現実の財産の返還を請求することはできません。今回の「分割前に処分されてしまった場合の遺産の範囲」についてですが、これまで規定すら存在していなかったこと、預貯金債権について法定相続分に基づいて、共同相続人の一部からの請求に対し、遺産の分割の対象財産であるため応じられない旨の判例変更があったこと、実社会の現状実情を鑑みて、本規定と第909条の2の存在意義があるように思われます。

司法書士 大山 真 事務所
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