カテゴリー
不動産登記申請 民事信託・遺言・後見・相続

道路部分のこと

こんにちは、今回は、相続財産にも該当する「道路部分」のことを記そうと思います。

はじめに

相続財産の対象となる不動産、特に道路部分のことを記します。これから取引によって不動産(土地)を購入する際の接道部分のことは、また別の機会に記そうと思います。

さて、「接道部分なんて、大した問題ではない。」そう思っていらっしゃる方が大多数だと思いますが、あながちそうは限らないことを記そうと思います。

その存在の有無による影響

その道路部分ですが、固定資産の評価上、非課税扱いとなることが多いため、どうしても見下されてしまう物件ですが、この存在が主たる不動産(土地)の活用を考えた場合、必要なのか、備わっているのかが、とっても重要となります。

公道に接してれば問題ないのか?

もう少し具体的なことを考えると、現状、公道に出られるようであれば、これまで被相続人が活用してきた不動産である以上問題ないと推測できます。もっとも、被相続人が、その不動産を取得する段階で、法令上の制限に適合しない形で取得活用していた場合は問題となり得ますが、ひとまず相続手続では、その財産を取得して引き継ぐのかどうかが問われることになります。その上で、相続によって取得した場合は、その問題も相続することとなります。

調査をしなければ、存在が顕在化しないことも

先にも記したとおり、道路部分における評価証明書上の記載ですが、道路部分も単有であれば、証明書上にも搭載されていることが多いものです。ところが共有であった場合、事象によっては、漫然と証明書交付を請求した場合、道路部分が搭載されないことが多いにしてあり得ます。

相続手続で見過ごされてしまった道路部分

被相続人が所有していた権利証が見当たらない、被相続人が住宅ローンを利用して不動産を取得していたとして、当時の抵当権設定契約書もしくは当該ローン完済後の抵当権解除証書が見当たらない、固定資産評価証明書等から不動産の記載に道路部分が見当たらないことによって、接道部分の存在に気がつかないことは、大いにしてあります。

接道部分を正確に知るには?

さて、公的な書面を頼りに、道路部分の存在を確認しようとしても判然としなかった場合、どうしたら良いのか?

それは、法務局より公図を入手して、建物の底地から普段公道に出るに至るまでの土地の登記事項を確認することです。

不動産調査は、手間がかかるもの

私道部分をしっかり把握するには、先にも記したとおり、公図を入手し、底地から公道に出るまでの土地の登記事項を確認します。

公図を入手し、公道に出るまでの土地を確認した際に、場合によっては、その土地の存在の多さにげんなりしてしまうかもれません。それでも確認し、後の遺産の分割手続に含むことで、将来的に支障を来すことなく不動産を処分することができます。

不動産の売却を考え仲介業者に打診をしても、道路部分について相続手続きをしていないことが判明した段階で、仲介業務を中止せざるを得ず、物事が前に進みません。

空き家となった相続不動産の処分に影響

道路部分を見過ごして相続手続がなされ、その後において、相続した相続人が、被相続人所有の不動産に居住し続けるのであれば、問題は潜在的に留まります。もっとも、その後なんらかしらの理由により、不動産を手放さなければならない事態に陥った時に、最悪な場合、再度の相続手続きを余儀なくされます。

話が逸れましたが、相続不動産について、相続人のどなたも居住なさらないのであれば、空き家となるため、売却する案が浮上しますが、道路部分の存在を見落としていると、やはり先にも記したように、仲介業者の不動産調査の段階で、道路部分について相続手続きが行われていないため対応できないため、手続きが中断してしまいます。

こうしてみてみると、その道路部分についての登記申請手続きが漏れていたために、物事が進まないこととなります。

相続登記申請の義務化の影響

もう一つ留意しなくてはならないこととして、昨今、相続を原因とした不動産登記の申請について義務化が図られました。この登記申請の義務ですが、裁判上の相続放棄の申述受理でもなされない限り、登記申請をする義務を負います。

ついでながら、相続放棄の申述受理がなされたとしても、管轄法務局では、その事実まで、裁判所が保有する情報には直接アクセスすることは想定されてませんので、法務局から催告(いわゆるお尋ね)があった場合、対処することが必要となります。

話を元に戻します。この相続を原因とする不動産登記の申請義務ですが、所有権登記名義人が相続開始時点で登記がある物件の全てについて義務が課されます。この物件は相続の登記を申請するけど、あの物件は申請しないのは、結局義務をおこなることと同じであり、過料の制裁を受ける可能性があります。もっとも登記の申請を怠ったことが意図的でもない事案、すなわち、接道部分の物件に気がつかなかった場合でも、過料の制裁がありうることに留意する必要があります。

道路部分について、遺漏がないように心がけたいものです。

司法書士 大山 真 事務所
TEL: 047-446-3357
事務所: 千葉県白井市冨士185番地の21

カテゴリー
不動産登記申請

検索用情報のこと

こんにちは、今回は、職業柄、少し気になることを記します。一般の方にとっては、当事者にならないと臨場感が湧かず、だから何が問題なのですか?と質問がありそうですが、記していこうと思います。

令和8年4月1日以降ですが、氏名若しくは名称又は住所(以下「住所等」と記します。)について変更があった場合、その変更があった旨の登記申請手続が義務化されました。ただ、その義務化とともに、新たな仕組みも設けられました。この仕組みですが、申請義務の負担軽減のため、所有者が変更登記の申請をしなくても、登記官が住基ネット情報を検索し、これに基づいて職権で登記を行う「スマート変更登記」というものです。

「スマート変更登記」、なんだか小洒落た名称ですが、実は、法務局の端末は、住基ネットとつながっており、登記名義人の住所氏名は把握できるようになっています。故に、住所等の変更があった場合、実は申請に基づかなくても、知ることはできる仕組みが現時点で、登記所内に端末が存在しているようです。もっとも法律による施行は令和8年4月1日ですので、運用はまだしておらず、準備段階に入ったということです。

先の投稿でも少し触れましたが、行政庁の中の人間が、その出来心によって悪さをしないか心配ですが、事前抑制として、登記官を始め職務に関わる者に対し、悪さをした際の罰則は不動産登記法に従前から整備されています。もし本当に悪さがあった場合は、事後救済に頼るしかないのだろうと思います。もっともできることは限られるし、国家賠償で訴えても、本当に満足いく勝訴を勝ち取ることは、至難の業であろうことも予想されます。

さて、話を戻し「スマート変更登記」という仕組みですが、住基ネットに登録されている仕組みを活用するに先立ち、氏名または名称および住所のみでは、登記名義人の検索による特定が難しいため、「生年月日」も申出事項となっています。また住所が変わったからといって、すぐに職権による変更登記を実行するのではなく、登記実行前(すなわち事前)に登記名義人の了解を得るため、連絡を円滑にするために、「電子メールアドレス」も申出事項となっています。この事前に登記名義人の了解を得る必要性ですが、いわゆるドメスティックバイオレンス(DV)被害から逃れるため、住所を変えている(もっともこの事象自身についても諸処の論点がありそうですが割愛します)などの事情があって、登記名義人の住所を変えているなどの場合は、登記を実行したことで、居所を加害者に知られてしまう恐れもあるため、そのような事情に配慮する必要があるため、漫然と職権により変更登記を実行することはしない仕組みになっています。

「スマート変更登記」の利点

いろいろと不安なことを記しましたが、従来の住所変更、氏名変更登記申請と比べて、利点を記します。

登録免許税は非課税に

従来の従来の住所変更、氏名変更登記申請では、原則、不動産1個につき金1,000円(執筆時時点)の登録免許税が課されます。もちろん、行政区画の変更等の行政の都合によるものであった場合は、非課税となりますし、そもそも読み替え規定が適用されることもないわけではありませんが、名義人が住所を移転したり、婚姻等で氏名が変わった場合は、原則通りの取り扱いとなっています。

ところが、この「スマート変更登記」の仕組みの上で、職権による住所等の変更登記については、登録免許税は課税されません

変更登記申請義務から解放される?

登記申請の義務は免れますし、登記申請の懈怠(いわゆる申請し忘れ)もありえないものとなりますが、住所等の変更が生じてから少し時間が経った頃に、法務局から連絡が入りますので、その連絡に対する応答の義務はあります。もっとも申請する手間が省けることを考えれば、利点はあると言えます。

さて、この「スマート変更登記」の仕組みを円滑に行うためには、登記名義人から「検索用情報」の申出をしてもらわなければならないこととなります。

「検索用情報」とは?

この「検索用情報」ですが、住基ネットから登記名義人を正確に検索するため、必要な情報として、「氏名」「氏名の振り仮名」「住所」「生年月日」「電子メールアドレス」がその検索用情報となります。名義人より申出てもらい、その検索用情報ファイル(データベース)に記録されます。

見方を変えると?

こうしてみていると、一見便利そうな制度なのですが、もろ手を挙げて喜んで良いのかどうかは、見方を変えると複雑なものです。なぜなら、住所の移転を別の行政庁(市区町村の役所役場)に届け出たら、他の行政庁に知れ渡るという仕組みが確立されたということです。転出転入転居の届出は義務なので、その義務を怠ると市区町村のサービスは受けることができないので、結果的には強いられるわけですが、それにしても社会保障のみならず、登記制度にまで、その影響が及ぶことを意味しています。

そもそも論として

なぜ、このような制度に行政が舵を切ったのか。私見ですが、それは、不動産という資産の所有が、資産家から庶民に移り、その管理のあり方については、資産家のように振舞ってくれるだろうと、ある意味行政は期待を込めていたわけですが、所有者のみならず登記名義を受けている権利者の多くが実体上、登記事項上変更があったにも関わらず、その変更の登記申請をすることを怠り放置されることが散見されました。話が逸れますが、そのことは所有者や権利者について相続が発生した事案についても散見されるようになり、もはや登記簿上の所有者を探索するにも実体上の住所と違っていたり、相続人に権利が移転したりして、直接的に反映されているのかどうか疑わしい土地の面積だけで、九州一つ分となってしまったという事態に陥りました。

そこで、この登記制度について見直しが図られ、相続による移転の登記申請および住所の変更の登記申請について、義務化される運びとなりました。こうしてみてみると、不動産の登記の申請について怠ってしまったツケが、結局周り巡って行政により管理されてしまう社会が再到来してしまったように感じます。では行政は誠実にこの登記制度について、しっかり向き合っているのかというとそうでもなく、とくに表示の登記については、土地の所有管理する行政監督庁が実体上と登記上についてまたがってしまうため、地目が道路であるにも関わらず、未だに畑となっている事案も散見されます。この事情を実体上管理している行政庁に詰問したら、所有者名義が変わってりゃいいだよ、不動産登記法?! 管理しているのは当庁なのだから関係ないんだ!と暴言を吐かれました。まぁそんなことなので、庶民にだけ守らせることには、無理があるように感じることもあります。もっとも法律は遵守しなければならないことは間違いない事実であり、そのことが一国家行政庁に及ばないという論理は、おかしいと思いますけどね!

結語

ということで、不動産の取得後のお仕事の都合上異動が多く住所移転の変更登記について利便性をとる、登録免許税の免税を考えるのであれば、とってもスマート変更登記は良いものといえますし、かなり前に申出は確かにしたが、歳月が流れ、その申出の事実を忘れてしまった上で、住所を移転した場合、管轄法務局に直接アクセスしていない(申請していない)にも関わらず、忘れた頃に連絡があることを不快に感じるのか? そしてその連絡を不快に感じ、応答しなかった場合は、やはり登記の申請懈怠ということにつながります。制度を利用するにもしないにも留意が必要だと思います。

司法書士 大山 真 事務所
TEL: 047-446-3357
事務所: 千葉県白井市冨士185番地の21

カテゴリー
不動産登記申請

不自然なこと

こんにちは、数回前に権利証の紛失のことをテーマにブログ記事を記しました。ご興味のある方はその記事をご覧ください

それらの問い合わせで「盗まれた!」という文言を聞くことがあります

確かに、大事なものをその場所に保管していたと強く認識しており、その場所にあったと信じて止まないにも関わらず、いざ確認てみたら、そのものがなかったときの衝撃は、計り知れないことも想像できます。

ですが、住居侵入窃盗であった場合、権利証を主たるターゲットとすることは可能性が低いのではないのか、安直ですが感じます。

地面師という映画(ドラマ)が最近流行りましたが、現実世界では、大手不動産仲介業者が詐欺被害を受け金55億5千900万円の被害額にも及んだ事件がありました。それでも足がつき逮捕されてます。そうやって考えてみると、権利証を盗み出し、買主から金員をだまし取るには、かなり用意周到に計らなければならないことは、単なる住居侵入窃盗犯が不動産取引詐欺に至るのは考えにくいものだと感じます。

もっともその権利証を、より凶悪な反社会的勢力のような輩に譲渡し、詐欺を用意周到に計るには、それなりの準備が必要なことは容易にわかります。一方、単なる住居侵入窃盗の犯人の心理は、大方、金目のものを安直に求めて犯行に及ぶことが多いのだろうと想像できます。

もしかしたら身内がしたことなのでは?

そうすると、見知らぬ輩が住居侵入窃盗において、不動産の権利証のみを盗むことが目的というのは、考えにくいように感じます。そこで立ち止まって考えてみると、権利証のみが盗まれたが、他の場所で金目のものを詮索された痕跡が見られないのであれば、その権利証の存在をよくよく知っていた人物が、窃取したのではないのか、もう少し踏み込んでみると、もしかしたら盗まれた被害者のお身内の方が窃取したのではないのか、その可能性も否定できないわけではありません。

ドラマのようなことが本当にあった話

当職が、経験した事案で、事件に直接巻き込まれたことはありませんが、事件が起きてその数十年後、民事的な後始末のために、関わった事案がありました。

対象物件は、農地でしたが、近隣の都市開発があり、価値が増し、市街化されるという話を、所有者の身内が買主に持ち出し、不動産仲介業者が関与した不動産売買契約書を見かけましたが、所有者が関与しておらず、そもそも市街化はなされることもなく、結局詐欺事件が発生したようです。刑事事件としてどのように扱われたのかは、もはや定かでありませんが、その所有者の身内は、姿をくらまし、本籍地の戸籍の附票は、入手できましたが、肝心の住民票の写しは、除票扱いとなっており、足跡を追いかけることはできませんでした。結局この事案は、その事件後数十年が経過した後、身内の兄弟姉妹が違約金を支払うことで、示談が成立し、農地に付けられていた所有権移転仮登記の抹消がなされました。もっともそのために、身内の兄弟姉妹は、近隣の方から金銭を借り入れ、支払いが始まり、また農地については、事実上の保全のための耕作のために貸し出しをすることによって、話が落ち着いたようです。

権利証が盗まれる事案、確かにないわけではありませんし、他人名義に登記がなされてしまう危険があります。特に気をつけなければいけないのは、無権利者から登記がなされ、その事実について気がついていたにも関わらず、防止の措置をしなかった場合、その後の所有権移転の登記を受けた者に対し、不動産の所有権について、第三者に対応することができないので、民事保全法に基づく仮の地位を定める仮処分を検討しなければなりません。

まだ登記名義がご自身に留まっているなら

権利証のありかがわからなくなったが、未だに登記名義は自身である場合は、法務局によって準備されている、不正登記の防止の措置や登記識別情報の失効制度の活用をご検討ください。

司法書士 大山 真 事務所
TEL: 047-446-3357
事務所: 千葉県白井市冨士185番地の21

カテゴリー
民事信託・遺言・後見・相続

分割前に処分されてしまった場合の遺産の範囲のこと

こんにちは、前回は、民法第909条の2のことを見てきました。ご覧になっていない方は、前回の記事をご覧ください。

さて今回は、もしも分割前に、その遺産の全部または一部について、処分されてしまった場合、その遺産の範囲をどう扱うのかについて、記したいと思います。このこと実は、民法にあります。

では早速みてみましょう。民法第906条の2 です。e-Gov から引用します。

(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)
第九百六条の二 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。

https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089#Mp-Pa_5-Ch_3-Se_3-At_906_2

です。条文を細かくみる前に、そもそも..

分割前に、遺産が処分されてしまうことがあるの?

はい。事案によってですが、あり得ます。特に預貯金債権については、もしかしたら行われていることがあります。

典型的に、葬儀費用ですが、講学上では、もはや被相続人(というよりも死亡により私権を失っているので表現がややおかしいのですが判りやすくイメージを持たせるために記ました)が直接負担するものではなく、遺族(相続人)が原則負担することと解されています。一方、地域社会や国家もしくは所属されてた会社組織等に対し尽力された方に向けて追悼の意を表すため、それらの団体が自ら負担して葬儀を行うこともないわけではありませんが、世俗的には、主催する方は大方、相続人でしょうから、相続人が負担すると考えられていますし、もしも相談を受けた場合、法律専門職であれば、一義的には、相続人や葬儀を行う方がご負担頂き、後に相続人間や主催者間で調整してくださいと、ご案内していたのも事実です。

葬儀費用の財源はどこから?

では、実社会に目を向けてみると、当事務所界隈を見渡してみると、葬儀費用の話が出てきた場合のほぼ全てが、被相続人の預貯金債権から、(いわゆる勝手払いによって)引き出して支弁していたようです。後の遺産分割協議と同時に、事実上、この葬儀費用の負担のあり方も調整を経て、葬儀費用の負担のあり方を協議書に明文化するのか否かはともかく、遺産を分割する事象にもよく遭遇しました。

良いのか悪いのか?と聞かれたら…

いわゆる「勝手払い」が良いのか悪いのかと聞かれたら、良い訳がありません。ここまで記してきた流れから、あくまで被相続人の葬儀費用に支弁するためと記してきましたが、払い出しを請求した共同相続人自身の生計費や遊興費(ゆうきょうひ)を賄うために、もしかしたら引き出したことも考えられるわけです。また遺産の分割の方針が定まっていないにも関わらず、遺産を動かしてしまうことは、遺産の散逸の危険性が増すため、消極的に考えられています。

社会の現状実情を鑑みて

杓子定規に考えると実社会上葬儀費用の負担や支弁はもとより、被相続人について死亡診断した医療機関に対する医療費の支払い等もどうするのだろうと、実社会上、いろいろ困ったことが起きます。少額ならば、共同相続人の一部が立て替えてということにもなろうかと思いますが、交流が疎遠な他の共同相続人ほど、差し迫った債務の支払いはしない(というよりもわからないと言った方が正しいのかもしれません)にも関わらず、相続開始日(死亡日)以後、預貯金債権の一部が払い出されている事実を知ったとき、この引き出された金員はどこ言ったのか?と疑念を抱かれてしまうこともあったようです。

勝手払いより良い方法があります

本題の確認に入る前に、一応前回の記事のおさらいにもなるかもしれませんが、今日の社会では、預貯金債権は遺産の分割の対象となっていて、当然に法定相続分に基づいて預貯金債権を引き出すことができなくなりましたが、現行民法第909条の2に基づいて、遺産の分割を得ずとも、ある程度は引き出しを金融機関に請求することができるようになりました。詳細は、以下のリンク先にある先日の記事をご覧ください。

さて、本題に戻し、「分割前に処分されてしまった場合の遺産の範囲」ですが、実は、家庭裁判所の実務では、分割の対象となる遺産の範囲は、相続開始時に存在し且つ分割時にも存在する遺産に限られました。もっとも相続回復請求や不当利得、不法行為に基づいて返還請求や損害賠償請求に基づいて、回復させることは考えられなくもないのですが、手続きが迂遠になります。処分した人物が他の共同相続人であったとしても、別訴で申し立てなければなりませんし、その紛争が解決するまで、遺産の分割にかかる争訟の手続きを停止するのか、併行して進めるのか、そのときの裁判官の判断(訴訟指揮権)によって進行をどうするのか決まるでしょうし、全てを解決するまでに、さらに時間がかかるため、先に記したように、「分割の対象となる遺産の範囲は、相続開始時に存在し且つ分割時にも存在する遺産に限る」取り扱いをしていました。

改正によりどう変わった?

先の家庭裁判所の実務の問題は、結局勝手払いをした共同相続人が、他の共同相続人よりも得をすることがありえます。そこで、今回の改正で、他の共同相続人の全員(処分した共同相続人を除く)の同意があれば、「分割前に処分されてしまった場合の遺産の範囲」について「当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。」としました。もうすこし噛み砕いて表現すると、一部の共同相続人が処分してしまった遺産について、その他の共同相続人の全員が、処分されてしまった遺産であると主張した共同相続人の主張に同意したならば、当該処分されてしまった遺産も分割対象の遺産に含め、処分した他の共同相続人はすでに遺産を処分したことにより利得を享受しているのだから、遺産の分割により収受できる具体的相続分を本来あるべき形に調える効果があります。

同意しない事象はあり得る?

では、その余の共同相続人が、当該主張に対し、「同意しない」という事象は、あり得るのでしょうか。
はい、あり得ます。それは、処分した行為が相続人全員のためだった場合(例えば葬儀費用の支弁)、遺産の保存(建物の保存に該当する修繕等)のためだったと認められる場合は、同意はしない等です。この場合は、もはや「当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができず」分割する遺産からは、除外される(というよりもすでに分割によって処分された遺産)として取り扱うこととなるのです。

第2項のこと

次に、念のため、第二項のことも見ておきましょう。本文が長くなったので、第二項だけ再掲します。

2 前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。

https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089#Mp-Pa_5-Ch_3-Se_3-At_906_2

とあります。この規定は、処分を下した共同相続人についてまで、同意を得る必要はない規定です。考えてみれば、共同相続人間の不公平の解消を目的としているのに、処分をくだした共同相続人についてまで、同意を得ることとなると、本規定そのものが事実上死文化してしまうため、主旨を貫徹するために、第二項の存在意義があるように思われます。

結語

今回は、民法第906条の2 について見てきました。分割前に処分されてしまった場合の遺産の範囲のこと、このことと特別受益に基づくいわゆる持戻し計算のことと、遺贈によって流れてしまった財産や生前贈与されたことにより遺産に該当しない財産についてまでも、いろいろ気がついたり、疑問符が浮かんできそうですが、実のところ、持戻しで計算はするも、現実の財産の返還を請求することはできません。今回の「分割前に処分されてしまった場合の遺産の範囲」についてですが、これまで規定すら存在していなかったこと、預貯金債権について法定相続分に基づいて、共同相続人の一部からの請求に対し、遺産の分割の対象財産であるため応じられない旨の判例変更があったこと、実社会の現状実情を鑑みて、本規定と第909条の2の存在意義があるように思われます。

司法書士 大山 真 事務所
TEL: 047-446-3357
事務所:千葉県白井市冨士185番地の21

カテゴリー
民事信託・遺言・後見・相続

民法第909条の2のこと

こんにちは、今回は、預貯金債権の相続、特に民法909条の2ことを記します。

実はこの法令が制定される随分前は、銀行の預貯金債権は、遺産の分割の対象としなくても、各共同相続人が、法定相続分に基づいて、払い戻しを請求することができ、応じていたこともありました。

もっとも、遺産の分割手続がなされた上で、共同相続人の一人が、当該預貯金債権の元金および受け取れるべき利息の全てを、請求することも、実務では対応していました。もっともこの場合は、遺産の分割手続前に、法定相続分について払い出しを受けた場合、その分についての払い出しの義務はないものとして実務上取り扱っていたようです。

さて、ここで問題になるのが、一部の共同相続人が、法定相続分に基づき、預貯金債権の払い出しを受け、その後、遺産の分割手続を経て、預貯金債権の全額払い出しを請求した場合、問題が生じました。遺産の分割により取得した共同相続人から先の他の共同相続人による法定相続分による預貯金債権の一部の払い戻しについて、あずかり知らぬことであり、いわば、勝手に引き出されたことと同じ事象となったのです。一方金融機関側にとってみると、いわば二重払いの危険が孕むことが考えられ、法定相続分の払い出しを請求した共同相続人に対し念書や覚書を記載させて対応していたようです。

この問題は、最高裁で、預貯金債権は、遺産の分割の対象であり、当然に法定相続分に基づいて請求されても、払い出す義務を負わないものと、これまでの判例を変更することとなりました。

預貯金債権を他の相続財産と寸分違わず同等に扱って良いものかどうか?

ところで、預貯金債権の相続ですが、他人様に金銭を貸し付けたうえでの貸金返還請求権という性格ではなく、むしろ生活のための資金を預け入れておいたり、公共料金の支払いのための引き落としのための口座として活用されている事象がほとんどだと思います。そうすると、共同相続人の中には、これまで被相続人から扶養を受け、必要生計費を賄ってもらっていたり、相続人の資産が潤沢ではないため、葬儀費用を被相続人の預貯金債権から捻出することは、先の判例変更でもって、家計のやりくりが滞ることを避けなければならないため、題名にある、民法第909条の2が制定されることとなりました。

それでは条文を見てみましょう。e-Gov の法令検索から

(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第九百九条の二 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089#Mp-At_909_2

とあります。

前段ですが、「預貯金債権の三分の一…」とあります。

事例1:
例えばA銀行に、普通預金300万円、定期預金240万円あり、共同相続人が甲および乙の2名いるところ、甲は、
普通預金について
300×1/3(本法令による)×1/2(法定相続分)= 金50万円
定期預金について
240×1/3(本法令による)×1/2(法定相続分)= 金40万円
であり、総額金150万円を超えず、金90万円の払い出しを受けることができるわけですが、もしも定期預金の約定利息が、普通預金の利息よりも利回りが良いから温存させようと思って、普通預金から総額金90万円を払い出しを受けることができないことを意味しています。

事例2:
A銀行に、普通預金に600万円、定期預金に1200万円、B銀行に普通預金720万円あり、共同相続人は2名の場合、甲は、
A銀行普通預金について、最大で
600×1/3(本法令による)×1/2(法定相続分)= 金100万円
A銀行定期預金について、最大で
1200×1/3(本法令による)×1/2(法定相続分)= 金200万円ではなく、預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度である金150万円
と計算することができますが、A銀行から総額金250万円とはならず、預貯金債権の債務者ごとにとあるので、結局A銀行からは、普通預金(上限金100万円)と定期預金(上限金150万円)を併せて最大金150万円の請求をすることができます。
わかりにくいかもしれませんが、先の事例1と同様で、A銀行の普通預金は先の計算から最大金100万円であり総額金150万円の全額の請求はできませんが、定期預金からは金150万円の全額(この結果上限額に達し、普通預金からの払い出しはできないこととなる)を請求することもできますし、普通預金の上限額金100万円および定期預金50万円を請求することもできます。
B銀行普通預金について、最大で
720×1/3(本法令による)×1/2(法定相続分)= 金120万円
を払い出すことができます。
A銀行およびB銀行の払い出しの総額は270万円となり、金150万円を超えるわけですが、「預貯金債権の債務者ごとに」とあるので、問題ありません。

民法第909条の2 後段のこと

では、後段のことを、みてみましょう。

随分スクロールしてしまったので、後段部分だけ、e-Govより再度引用します。

(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第九百九条の二 {前段省略} この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089#Mp-At_909_2

とあります。このことは、遺産の分割手続が行われていないのにも関わらず、本条前段を受けて、払い出しを受けた事実は変わらないので、いやしくも、権利を行使した共同相続人は、遺産の一部の分割によりこれを取得したものをみなすとしている「みなし規定」となっています。そうすると、この後段の規定を受けて看做す以上、他の共同相続人に知られないように本条の規定により払い出しを受け、その後、払い出した共同相続人は預貯金債権を一切取得しないと協議がまとまったとしても、金融機関は、分割時に取得した共同相続人に対し、先に払い出しに応じた金員分は払い出しに応じる必要はなく、元金残部およびその残元金に対応する利息を支払いのみで良いこととなります。分割により預貯金債権を取得した共同相続人は、抜け駆けにより払い出しを受けた他方共同相続人に対し、求償することなるでしょう。

この後段を受け、協議書を調える際に、事実を確認する必要があると思われますし、留意が必要だろうと思われます。

社会が変化し、相続人自身の収入や必要生計費の変化、葬儀費用の捻出のため、いわば勝手払いの実態が多い昨今を鑑みると、法令に「遺産の分割前における預貯金債権の行使」の規定が、置かれたことはとっても有意義なことだと思います。もっとも現時点でも上限額が金150万円であるので、最近の物価上昇や、その物価上昇の前の段階で、東京をはじめとする首都圏では、家族葬に類似する事案でさえも葬儀費用だけで金200万円を超える事象もあると聞きます。この上限額の見直しをそろそろ考える時期なのではないかと思われます。

遺産の分割に関する相談を承ります
司法書士 大山 真 事務所
TEL: 047-446-3357
事務所: 千葉県白井市冨士185番地の21